すっかりのんびりする癖が付いてしまったようです。週末は生産性がゼロです。
月曜になってから金曜午後に出された指導教官からのコメントを反映させます。曜日に基づく労働をするなんてどうやら僕は工場のベルトコンベアの脇で働いている人のみたいです。
頭の中でイメージを組むことすらしませんでした。もう僕はホワイトカラーになんてなれないのかも知れません。この数ヶ月の怠惰な生活がすっかり染み付いてしまったようです。湯船にもしばらく浸かってないしね。
コメントとは5つの問題をきちんと解けということです。金曜日の話では、完全な解は存在しませんので私は近似解で良いのだと主張しました。彼は理解をしています。彼の真意はなぜ存在し無いのか、ここまで出来たがこれが解けないからだと記述するべきとの立場です。私は存在しない、よって近似解を使うと記述すれば良いとの立場です。
指導教官のコメントは絶対です。月曜午前は頭の体操をします。少しだけ紙と鉛筆も使いました。8割ほど出来た後に書き始めます。今回は5つの問題にトライ。午後に友人との所に行って正解か確認します。5つ目は結論は正しいがこの定理を使うよりこの性質を使った方がシンプルだと言われました。ではそうします。頭が良い友人は重要ですね。この積分とこの積分がうざいので、これからの解はこの近似解ではなく、この近似解と書きました。
夜遅くまで文章を書いてメールで提出。
文章は何度も何度も読もう。これが結論。
2010/02/22
2010/02/20
35になったのか彼は
昨晩は友人の誕生日を祝うパーティに参加した。
火曜日にお誘いを受けたとき、普段の食事の誘いにしてはやけに早いと思っていたらパーティですか。良いですね。全体で12人、イギリス人は3人(イングリッシュとアイリッシュ)、アジア人は私1人、残りはユダヤ人。
以前から時々感じていたがやはりパーティのような場所でイギリス人同士の会話に割り込むのは難しい。英語が理解できない、聞き取れない。でも二人だけで話すと分かる。ばれているのか、私の英語力が。
ニュースはほぼ理解できてもコメディは理解できない、非イギリス人、手加減してくれているイギリス人はできても全力のイギリス人はできない。問題は言語における省略表現とコロケーション、そしてテクニカルな単語にある。アナウンサーや政治家、ビジネスマンが誰かに話すのと普通の人が友人と話すのは違う。日本語だってそうなのだから英語だってそうだ。これ以上の英語力の上達は大変だ。さはさりながらも不断の努力を続けるつもり。
みんなでテーブルで話していた時のことだが、やはり最近の話題としてドバイにおけるハマス暗殺に関してみな意見があるようだ。黙らざるを得ない日本人。イギリス人も黙っていたな。意見無いし。科学技術の発達と普及は世界を変えつつあるようですな。暗殺者の顔写真が取られていて、足取りもCCTVで撮影されて挙句に公開されるって今後はこういう活動は難しいだろうな。パスポートを偽造された英国政府の対応に関してはポーズだろうとの意見。モサドに勤めている友人がいる人はいないらしい。
日本人は毎日寿司を食べるという、私の経験ではほとんどの人が信じている認識を打破すべく頑張ってみたり。彼は35才になったようで、人生で初めて誕生日の朝に親に電話したよとか言っていた。
1時頃に大分人が減ったのでバスで撤収。飲み過ぎたがここは異国、故に飲み過ぎても注意は怠らない、無事に帰宅。
火曜日にお誘いを受けたとき、普段の食事の誘いにしてはやけに早いと思っていたらパーティですか。良いですね。全体で12人、イギリス人は3人(イングリッシュとアイリッシュ)、アジア人は私1人、残りはユダヤ人。
以前から時々感じていたがやはりパーティのような場所でイギリス人同士の会話に割り込むのは難しい。英語が理解できない、聞き取れない。でも二人だけで話すと分かる。ばれているのか、私の英語力が。
ニュースはほぼ理解できてもコメディは理解できない、非イギリス人、手加減してくれているイギリス人はできても全力のイギリス人はできない。問題は言語における省略表現とコロケーション、そしてテクニカルな単語にある。アナウンサーや政治家、ビジネスマンが誰かに話すのと普通の人が友人と話すのは違う。日本語だってそうなのだから英語だってそうだ。これ以上の英語力の上達は大変だ。さはさりながらも不断の努力を続けるつもり。
みんなでテーブルで話していた時のことだが、やはり最近の話題としてドバイにおけるハマス暗殺に関してみな意見があるようだ。黙らざるを得ない日本人。イギリス人も黙っていたな。意見無いし。科学技術の発達と普及は世界を変えつつあるようですな。暗殺者の顔写真が取られていて、足取りもCCTVで撮影されて挙句に公開されるって今後はこういう活動は難しいだろうな。パスポートを偽造された英国政府の対応に関してはポーズだろうとの意見。モサドに勤めている友人がいる人はいないらしい。
日本人は毎日寿司を食べるという、私の経験ではほとんどの人が信じている認識を打破すべく頑張ってみたり。彼は35才になったようで、人生で初めて誕生日の朝に親に電話したよとか言っていた。
1時頃に大分人が減ったのでバスで撤収。飲み過ぎたがここは異国、故に飲み過ぎても注意は怠らない、無事に帰宅。
2010/02/19
2010/02/18
PythonからCを呼ぶ
CからPythonを呼ぶこともできるが、今回はいらない。
---------------------
import ctypes
共有ライブラリをロードしておく。今回初めて共有ライブラリを作ってみた。それまでは.aしか知らなかった。時代は変わる、ボブディラン。
libmain=ctypes.CDLL("./test.so")
共有ライブラリの中にある、関数をPythonにあてる。
ptest1=libmain.test1
ptest2=libmain.test2
引数と戻り値のタイプを指定する。
ptest1.argtypes = []
ptest1.restype = ctypes.c_double
ptest2.argtypes = []
ptest2.restype = ctypes.c_double
これはウェブから
def test_test(lst):
cintarray=ctypes.c_double*len(lst)
clist=cintarray(*lst)
ptest1(clist,len(lst))
return [x for x in clist]
どちらでも動く。
print libmain.ptest2(None)
print ptest2(None)
print test_test([0.0,0.0])
---------------------
import ctypes
共有ライブラリをロードしておく。今回初めて共有ライブラリを作ってみた。それまでは.aしか知らなかった。時代は変わる、ボブディラン。
libmain=ctypes.CDLL("./test.so")
共有ライブラリの中にある、関数をPythonにあてる。
ptest1=libmain.test1
ptest2=libmain.test2
引数と戻り値のタイプを指定する。
ptest1.argtypes = []
ptest1.restype = ctypes.c_double
ptest2.argtypes = []
ptest2.restype = ctypes.c_double
これはウェブから
def test_test(lst):
cintarray=ctypes.c_double*len(lst)
clist=cintarray(*lst)
ptest1(clist,len(lst))
return [x for x in clist]
どちらでも動く。
print libmain.ptest2(None)
print ptest2(None)
print test_test([0.0,0.0])
2010/02/16
他人と住むのは限界
「もう無理。今日も手紙が来ていた」から始まる友人女性の危機。彼女は同居人のナイジェリア人(赤の他人)に目覚ましがうるさいと怒られ(私が文面を見た限り脅迫だけど)引越しを考えているらしい。
毎日5時に目覚ましを10分以上かけるわけでもなく、週に1、2回、9時だ10時に鳴る目覚ましが喧しいってのは目覚ましが五月蝿いのではなく彼女の存在が五月蝿い、またはナイジェリア人自身の人生に対する彼の不満の現れである。なんてありきたりの結論が出ても問題が解決するわけではない。ましてここは外国、赤の他人のために自分の時間を使うなぞありえない街である。
結論は、事が複雑になる前に逃げる。
2月は家探しに悪くない。混雑する時期ではないため物件数は少ないが取り合いでもない。障害は予算である。週に150ポンドの家は中心では4畳半、山手線の外で8畳ぐらいである。シェアの部屋を探せば?との私の意見はまたキチガイと住むのは嫌だからと却下。
今日は、某ベイスウォーターのアパートを見にいくのだが大家と会わなくてはならず、護衛兼ご意見番として一緒にアパートを見てきた。大家が全裸で待っていたらきついなと思ったのだけど大丈夫だった(ネタではありません)。女性が見知らぬ人を警戒するのは全世界共通。イマイチの部屋だったようで、悲劇は続く。
毎日5時に目覚ましを10分以上かけるわけでもなく、週に1、2回、9時だ10時に鳴る目覚ましが喧しいってのは目覚ましが五月蝿いのではなく彼女の存在が五月蝿い、またはナイジェリア人自身の人生に対する彼の不満の現れである。なんてありきたりの結論が出ても問題が解決するわけではない。ましてここは外国、赤の他人のために自分の時間を使うなぞありえない街である。
結論は、事が複雑になる前に逃げる。
2月は家探しに悪くない。混雑する時期ではないため物件数は少ないが取り合いでもない。障害は予算である。週に150ポンドの家は中心では4畳半、山手線の外で8畳ぐらいである。シェアの部屋を探せば?との私の意見はまたキチガイと住むのは嫌だからと却下。
今日は、某ベイスウォーターのアパートを見にいくのだが大家と会わなくてはならず、護衛兼ご意見番として一緒にアパートを見てきた。大家が全裸で待っていたらきついなと思ったのだけど大丈夫だった(ネタではありません)。女性が見知らぬ人を警戒するのは全世界共通。イマイチの部屋だったようで、悲劇は続く。
2010/01/13
2010/01/12
2009/11/10
広島
私は広島出身でもないし、そもそも訪れたことすらない東日本の出身だが、今日の昼食時に友達のスウェーデン人に広島について聞かれた。
こちらでは大学を出ているくらいの知識人であれば広島イコール原爆となるようで。特にスウェーデンあたりだとチェルノブイリの影響で、広島が現在は都市であることが信じられないようです。シールドされているのとか聞かれた。シールドどころか100万都市だから広島出身の人に会う可能性は海外でもあると言ったら、もし会ったらやっぱり一瞬止まってしまうなあと言っていた。
会うなり何というブラックジョークをかますんだ、こいつはって感じでしょうか。まあ、私もスカンジネイビアについて詳しいわけではないので何とも言えないが日本ってどこかの植民地だったのとか聞かれると困るのう。
日本ってエスニック・マイノリティーはいましたかね?一応北海道と沖縄は少し人が違うし食文化とか人名とか地名が違うといっておいたがスウェーデンにおけるサーメ人(サーメと言った後にエスキモーと言っていたからエスキモーが差別用語という意識で正しいのかもしれないな)とは違うよな。彼らに言わせるとサーメ人ってアメリカインディアンみたいな風貌でスウェーデン人とは全然違うらしい。そもそもストックホルムにはいないみたいだし。
海外暮らしってそういう文化の交換が楽しいね。
韓国って独立していたことが歴史上どのくらいあったっけね?殆どが中国の一部だったという理解で良いのかな?よく分からない。
というわけで近日訪れるスウェーデンに対する期待が高まるのであった。
こちらでは大学を出ているくらいの知識人であれば広島イコール原爆となるようで。特にスウェーデンあたりだとチェルノブイリの影響で、広島が現在は都市であることが信じられないようです。シールドされているのとか聞かれた。シールドどころか100万都市だから広島出身の人に会う可能性は海外でもあると言ったら、もし会ったらやっぱり一瞬止まってしまうなあと言っていた。
会うなり何というブラックジョークをかますんだ、こいつはって感じでしょうか。まあ、私もスカンジネイビアについて詳しいわけではないので何とも言えないが日本ってどこかの植民地だったのとか聞かれると困るのう。
日本ってエスニック・マイノリティーはいましたかね?一応北海道と沖縄は少し人が違うし食文化とか人名とか地名が違うといっておいたがスウェーデンにおけるサーメ人(サーメと言った後にエスキモーと言っていたからエスキモーが差別用語という意識で正しいのかもしれないな)とは違うよな。彼らに言わせるとサーメ人ってアメリカインディアンみたいな風貌でスウェーデン人とは全然違うらしい。そもそもストックホルムにはいないみたいだし。
海外暮らしってそういう文化の交換が楽しいね。
韓国って独立していたことが歴史上どのくらいあったっけね?殆どが中国の一部だったという理解で良いのかな?よく分からない。
というわけで近日訪れるスウェーデンに対する期待が高まるのであった。
2009/11/08
自宅待機
学校に行こうか、部屋で推敲を続けるか、それ以外の事でもしようかと考えているうちに時間は過ぎ、結局、部屋にこもった一日。別ブログの記事を本の形にしようかと、昔考えたアイデアを実行に移す。ブログをそのまま本にしてくれるサイトがあって少し試したがブログをそのままPDFにするだけなので、当然、レイアウトは最低の出来。であれば自分でテフを組んだ方が良い。ちょっと作業量が多いが奥さんもいないし、することも無い最後の数ヶ月はこれでいこう。
博士論文の製本も考え始めた。N君が昨日ソフト・バインディング(日本語だと簡易製本)を見せてくれたがそれでも十分の出来。彼はそれを審査教官に送るらしい。では、私も同じ方法で。それは審査用だが、それ以外に保存用にとして図書製本を一冊と簡易製本を少し作ろうかと思う。簡易製本はB5で良いな。T先生の博士論文をL君から見せてもらったが、B5の簡易製本で問題なさげ。A4からB5へはプリンターで調整予定。
ebb sample.jpg
博士論文の製本も考え始めた。N君が昨日ソフト・バインディング(日本語だと簡易製本)を見せてくれたがそれでも十分の出来。彼はそれを審査教官に送るらしい。では、私も同じ方法で。それは審査用だが、それ以外に保存用にとして図書製本を一冊と簡易製本を少し作ろうかと思う。簡易製本はB5で良いな。T先生の博士論文をL君から見せてもらったが、B5の簡易製本で問題なさげ。A4からB5へはプリンターで調整予定。
ebb sample.jpg
2009/11/07
午後は雨
9時起床。入浴後に地下鉄で登校。昨日の夜に判明した勘違いを正すべくJ氏、F嬢に詫びを入れておく。
昼はY君と4階へ。初稿を提出したから気が楽。でも文章の直しは続くけど。N氏はバインディングに出していた博士論文が帰ってきたようで見せに来ていた。相当ださいぞ。中身は問題ないようだが。私の博士論文はグラフの軸タイトルが小さいようだ。校正するかな。
帰りは小雨の降る中、徒歩で帰宅。マルのあたりから中年女性とずっと並列歩行。なんでだろう。駅に入っているマークス・アンド・スペンサーに寄ってみる。ここは所謂出来合いのご飯が色々売っているのでサラダと魚を査収。味付けはされていてフライパンで焼くだけの白身魚。不味いのなんのって。やはりこの国の食は崩壊している。
夜はブラックスワンを読む。英語が分かりやすい。
昼はY君と4階へ。初稿を提出したから気が楽。でも文章の直しは続くけど。N氏はバインディングに出していた博士論文が帰ってきたようで見せに来ていた。相当ださいぞ。中身は問題ないようだが。私の博士論文はグラフの軸タイトルが小さいようだ。校正するかな。
帰りは小雨の降る中、徒歩で帰宅。マルのあたりから中年女性とずっと並列歩行。なんでだろう。駅に入っているマークス・アンド・スペンサーに寄ってみる。ここは所謂出来合いのご飯が色々売っているのでサラダと魚を査収。味付けはされていてフライパンで焼くだけの白身魚。不味いのなんのって。やはりこの国の食は崩壊している。
夜はブラックスワンを読む。英語が分かりやすい。
2009/11/06
2009/11/05
水曜
最近起きられないなあ。今日は朝起きて朝食を食べてソファでうとうと。すごい生活だ。朝食は昨日の残りのサンドイッチ。中身はレタスとスモークサーモン。
バスにて登校。まずはイアン氏の部屋に行きペラ一枚を入手。Y氏とJ嬢にスウェーデン行きのチケットを入手したことを告げる。でも良く考えたら友達いませんけど…折角なのでスウェーデンで二泊三日と。季節は最悪だがな。行動できるのって一日5時間くらいじゃないかな。
F嬢も誘って欲しいなあ。。。そのF嬢と二人で昼食。Y君忙しそうね、オフィスに行ってしまった。4階のご飯。F嬢とは相変わらず仲が良い。
午後は先生と会って書類関係のお願いをする。こころ良く承諾頂く。
やや早いが6時半に撤収。ジャパンセンターにてパスタソースを査収。晩御飯は饂飩なり。
バスにて登校。まずはイアン氏の部屋に行きペラ一枚を入手。Y氏とJ嬢にスウェーデン行きのチケットを入手したことを告げる。でも良く考えたら友達いませんけど…折角なのでスウェーデンで二泊三日と。季節は最悪だがな。行動できるのって一日5時間くらいじゃないかな。
F嬢も誘って欲しいなあ。。。そのF嬢と二人で昼食。Y君忙しそうね、オフィスに行ってしまった。4階のご飯。F嬢とは相変わらず仲が良い。
午後は先生と会って書類関係のお願いをする。こころ良く承諾頂く。
やや早いが6時半に撤収。ジャパンセンターにてパスタソースを査収。晩御飯は饂飩なり。
2009/11/04
2009/11/03
2009/11/02
2009/11/01
2009/10/31
2009/10/30
人間関係は複雑なのである
バスで登校。朝のうちに昨日の修正箇所をプリントアウト。適宜チェックしながら数枚を更にプリントアウト。グラフを変えるために少しだけ計算。なぜかギリシャ人とトルコ人、そしてイタリア人が登場。周りの学生が羨むばかりに女性ばかりの我がオフィスなり。しかしその実態は人間関係が最悪。
J君が来たので世間話。イギリスにおける北アイルランドとフォークランド諸島について意見交換。まあ、彼は極めて普通のイギリス人である。チャールズのことは好きではないらしい。はたして彼は国王に成れるのだろうか。なんとも可哀そうな皇太子である。J君は誕生日のようで。まだまだ若いな。
午後は学生センターで再びバインディング。いまいち効率が良くないな。明日からは二つの丸で留めるかな。
ギリシャ人はバイオを購入したようで。バイオって未だにクールというイメージがあるのね。うまくブランド戦略をして欲しいものだ。
夕方からはイタリア人と仲良く会話。Y君の日常についての考察。J嬢について意見交換。ヨーロッパだろうが、どこだろうが世界は一緒である。結論はY君も大変ねとなった。
帰りは徒歩なり。晩御飯は親が持ってきたパスタソースでリングイネなり。
J君が来たので世間話。イギリスにおける北アイルランドとフォークランド諸島について意見交換。まあ、彼は極めて普通のイギリス人である。チャールズのことは好きではないらしい。はたして彼は国王に成れるのだろうか。なんとも可哀そうな皇太子である。J君は誕生日のようで。まだまだ若いな。
午後は学生センターで再びバインディング。いまいち効率が良くないな。明日からは二つの丸で留めるかな。
ギリシャ人はバイオを購入したようで。バイオって未だにクールというイメージがあるのね。うまくブランド戦略をして欲しいものだ。
夕方からはイタリア人と仲良く会話。Y君の日常についての考察。J嬢について意見交換。ヨーロッパだろうが、どこだろうが世界は一緒である。結論はY君も大変ねとなった。
帰りは徒歩なり。晩御飯は親が持ってきたパスタソースでリングイネなり。
2009/10/29
2009/10/28
バックアップは重要
論文2と3の数値計算はやや予想外だが終わった。まあ、こんなものだろ。指導教官を説得しなくては。初めてのバインディング。はやく提出したい。
ギリシャ人のPCが壊れたようだ。他人事、他人事。あのギリシャ人嫌いだから直してあげる気は全くなし。これが友達のユダヤ人だったら色々教えるけど。一月以上バックアップ取ってないってしらないよ。
研究をする人間でバックアップを取っていないとは信じられない。普通は修士くらいで悟るはずだが。そういう私も大学と自宅、そしてUSBにデータがあるだけなのでオシャレなバックアップじゃないなあ。CSVをきちんと学ぶべきだったのか。
ギリシャ人のPCが壊れたようだ。他人事、他人事。あのギリシャ人嫌いだから直してあげる気は全くなし。これが友達のユダヤ人だったら色々教えるけど。一月以上バックアップ取ってないってしらないよ。
研究をする人間でバックアップを取っていないとは信じられない。普通は修士くらいで悟るはずだが。そういう私も大学と自宅、そしてUSBにデータがあるだけなのでオシャレなバックアップじゃないなあ。CSVをきちんと学ぶべきだったのか。
2009/10/27
ビザの更新
ちょっとブログを書きませんでした。理由はこの数週間動揺していたので。
ビザを更新する必要があったのですが、書類が揃わない、どの書類が必要なのか分からない、といった理由でなかなか更新できませんでした。どの書類が必要なのか分からないって子供かと思うが、そこは社会システムがきちんと動いていないこの国ですから。書類にどの資料が必要なのかきちんと書いておけよな。
動き始めたのはビザが切れる一月半前。まあ、普通だな。まずは学校に在籍証明のような紙を出してもらう。秘書を通じてお願いしたら貰うのに一週間以上もかかった。A4の紙一枚くらいさっさと出せよ。プリントアウトしてサインするだけだろうが。
次に面接の予約を取る。ビザの更新は郵送でも可能だが書類が良く分からないためその場で色々話しができる面接にする。Border Agencyはイギリス内数カ所にオフィスがあり、最も近いイーストクロイデンの予約をとろうと試みる。最近ウェブでの予約が可能になった。見てみると全て満員。一月以上先まで全て満員。次にオフィスに電話する。ウェブが満員でも電話だったら取れるのでは、と思う。いい加減な国ですから。電話は全然繋がらない。お役所仕事の典型例。30分ほどずっと待ち、盥まわしにされた後、やっと繋がる。やはりイーストクロイデンは満員。相手によればバーミンガムかカーディフなら10月末(ビザが切れる日)までに空きがあるとのこと。
例えると東京の予約は一杯だから大阪へ行けと言われるようなもの。やや切れかけるが折角の機会なのでカーディフへ旅行がてら行ってみることに。予約は13日にした。ちなみにバーミンガムは誰に聞いてもawfulと言われた。そんな所なの?
次に40頁以上に及ぶ書類を書く。重要な点は学生であること(これは学校から正式な書類をとることで示せる)、金があること(この国で不法に働かないことの証明である)。書類はまあ適当に書く。銀行にいき、過去のヒストリーを出してもらう。幾らもっていれば良いのか分からないから100万くらいの残高をいれておく(日本から送金)。
当日、朝9時が予約時間である。30分前には来いというのでそれに合せていく。日本人としてその辺はきちんとする。建物に入るのが厳しい。荷物は全てチェックされ、電子辞書と携帯は取り上げられた。
名前を呼ばれて書類を出すと10分ほど係員が調べた後で書類に不備があるため駄目といわれる。学校からのレターは無問題。金が問題。学費が幾らなのかはレターに書いてある。生活費は計算式が書類に書いてある、それら合計額以上が口座にないと駄目らしい。そんなにねえよ。学費だけで100万以上するのだから。そう書類に書けよな!と思うが相手は役所。引き下がる。金を準備できるかと言われたので日本から送ると答える。まだ、ビザの期限には間に合うのでもう一回カーディフに来いと言われる。この場ではカーディの予約しか出来無いと言われる。電話で他の場所にあたるのはやや心配。もう一回来ることにする。次は26日。これでしくじったら退去しかない。
日本から金を送るのは(金があれば)簡単。すぐにすます。次に会社に事情を説明して社員であり、会社が金を出す旨の紙を出してもらう。これは保険として使う予定。
金が来る頃に再び銀行へ行き過去のヒストリーを出してもらう。これで金は大丈夫なはず。
再びカーディフへ。ちなみにカーディフまでは電車で2時間以上かかる。往復で1万円くらいする。結構高い。予約は昼の12時からだが30分前に来ることと朝の電車は高いことを考え、前の日にカーディフ入りホテルに泊まる。観光はなし。夕方にカーディフへサマータイム終了後は5時でも暗い。晩ご飯はバーガーキング。
次の日は11時にはオフィスへ。早すぎだから30分後にまた来てと追い返される。11時半に再びオフィスへ。すぐに名前を呼ばれる。前と同じ人の良さげなおっさん。改めて書類を見せる。一通り見た後に言われたことは銀行のヒストリーがタダのプリントアウトで銀行のスタンプが無いから審査結果によるけど後で取りに言ってもらうかもと言われる。それ以外は大丈夫らしい。それ以外ってなんもないけどな。会社から社員である証明もあったがいまいち信用がないようだ。
しばらく待って呼ばれたら金を払う。さらに暫く待つと指紋と写真。ビザのシステムが変わったようだ。さらに待つと違うおっさんに呼ばれやはり銀行のヒストリーが問題だという。一応昔のきちんとしたヒストリーを出す。金入ってないけど。おっさん曰くこれで良いとのこと。暫く待つとまた呼ばれてOKとのこと2 年と半年のビザが後ほど送られてくるらしい。オフィスには2時間強滞在。
カーディフ駅で3時間待って電車で帰る。ユダヤ人二人とロシア人二人、スウェーデン人と祝杯をあげて終了。ユダヤ人とロシア人の夫婦は新婚旅行が日本だったようで、素晴らしいところだと言っていた。懐石が良かったとか。渋い旅行だな。
ビザを更新する必要があったのですが、書類が揃わない、どの書類が必要なのか分からない、といった理由でなかなか更新できませんでした。どの書類が必要なのか分からないって子供かと思うが、そこは社会システムがきちんと動いていないこの国ですから。書類にどの資料が必要なのかきちんと書いておけよな。
動き始めたのはビザが切れる一月半前。まあ、普通だな。まずは学校に在籍証明のような紙を出してもらう。秘書を通じてお願いしたら貰うのに一週間以上もかかった。A4の紙一枚くらいさっさと出せよ。プリントアウトしてサインするだけだろうが。
次に面接の予約を取る。ビザの更新は郵送でも可能だが書類が良く分からないためその場で色々話しができる面接にする。Border Agencyはイギリス内数カ所にオフィスがあり、最も近いイーストクロイデンの予約をとろうと試みる。最近ウェブでの予約が可能になった。見てみると全て満員。一月以上先まで全て満員。次にオフィスに電話する。ウェブが満員でも電話だったら取れるのでは、と思う。いい加減な国ですから。電話は全然繋がらない。お役所仕事の典型例。30分ほどずっと待ち、盥まわしにされた後、やっと繋がる。やはりイーストクロイデンは満員。相手によればバーミンガムかカーディフなら10月末(ビザが切れる日)までに空きがあるとのこと。
例えると東京の予約は一杯だから大阪へ行けと言われるようなもの。やや切れかけるが折角の機会なのでカーディフへ旅行がてら行ってみることに。予約は13日にした。ちなみにバーミンガムは誰に聞いてもawfulと言われた。そんな所なの?
次に40頁以上に及ぶ書類を書く。重要な点は学生であること(これは学校から正式な書類をとることで示せる)、金があること(この国で不法に働かないことの証明である)。書類はまあ適当に書く。銀行にいき、過去のヒストリーを出してもらう。幾らもっていれば良いのか分からないから100万くらいの残高をいれておく(日本から送金)。
当日、朝9時が予約時間である。30分前には来いというのでそれに合せていく。日本人としてその辺はきちんとする。建物に入るのが厳しい。荷物は全てチェックされ、電子辞書と携帯は取り上げられた。
名前を呼ばれて書類を出すと10分ほど係員が調べた後で書類に不備があるため駄目といわれる。学校からのレターは無問題。金が問題。学費が幾らなのかはレターに書いてある。生活費は計算式が書類に書いてある、それら合計額以上が口座にないと駄目らしい。そんなにねえよ。学費だけで100万以上するのだから。そう書類に書けよな!と思うが相手は役所。引き下がる。金を準備できるかと言われたので日本から送ると答える。まだ、ビザの期限には間に合うのでもう一回カーディフに来いと言われる。この場ではカーディの予約しか出来無いと言われる。電話で他の場所にあたるのはやや心配。もう一回来ることにする。次は26日。これでしくじったら退去しかない。
日本から金を送るのは(金があれば)簡単。すぐにすます。次に会社に事情を説明して社員であり、会社が金を出す旨の紙を出してもらう。これは保険として使う予定。
金が来る頃に再び銀行へ行き過去のヒストリーを出してもらう。これで金は大丈夫なはず。
再びカーディフへ。ちなみにカーディフまでは電車で2時間以上かかる。往復で1万円くらいする。結構高い。予約は昼の12時からだが30分前に来ることと朝の電車は高いことを考え、前の日にカーディフ入りホテルに泊まる。観光はなし。夕方にカーディフへサマータイム終了後は5時でも暗い。晩ご飯はバーガーキング。
次の日は11時にはオフィスへ。早すぎだから30分後にまた来てと追い返される。11時半に再びオフィスへ。すぐに名前を呼ばれる。前と同じ人の良さげなおっさん。改めて書類を見せる。一通り見た後に言われたことは銀行のヒストリーがタダのプリントアウトで銀行のスタンプが無いから審査結果によるけど後で取りに言ってもらうかもと言われる。それ以外は大丈夫らしい。それ以外ってなんもないけどな。会社から社員である証明もあったがいまいち信用がないようだ。
しばらく待って呼ばれたら金を払う。さらに暫く待つと指紋と写真。ビザのシステムが変わったようだ。さらに待つと違うおっさんに呼ばれやはり銀行のヒストリーが問題だという。一応昔のきちんとしたヒストリーを出す。金入ってないけど。おっさん曰くこれで良いとのこと。暫く待つとまた呼ばれてOKとのこと2 年と半年のビザが後ほど送られてくるらしい。オフィスには2時間強滞在。
カーディフ駅で3時間待って電車で帰る。ユダヤ人二人とロシア人二人、スウェーデン人と祝杯をあげて終了。ユダヤ人とロシア人の夫婦は新婚旅行が日本だったようで、素晴らしいところだと言っていた。懐石が良かったとか。渋い旅行だな。
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