2009/04/27

母親ルーヴルへ

9時からのルーヴル美術館開館に向けて出発し、到着したのは8:50、今回も一番にモナリザを見ました。その後はサモトラケのニケ、ミロのヴィーナスなどを見学。




一旦、モナリザ近くへ戻ってダ・ヴィンチやラファエロといったイタリアの絵画や民衆を率いる自由の女神などを見ます。この時間帯は既に大分混んでいます。


ナポレオンの戴冠を見る我が母。


ミケランジェロ囚われた罪人


その後はノートルダム大聖堂



そしてお昼。お昼ご飯は肉です。私は鴨。母親は今日のランチを頼みました。ランチのお肉は終わってしまったので鶏になりますとお店の店員。でも出てきたのをどう見ても鶏じゃない。多分なにかの鳥と思われます。多分雉子ではないかと。もしかすると鳩か。店員さんも英語ペラペラじゃないからな。私も最後のお会計お願いしますとフランス語で言ったら笑いながらウィと言っていたからまあどっちもどっち。

続いては凱旋門。上に登りました。



晩ご飯はパリのパン屋、ポールでサンドイッチを買って部屋で食べました。


2009/04/26

母親パリへ

ホテルへ迎えにいき、セント・パンクラス駅までタクシー。ユーロスターに乗ります。どうやら朝一番のユーロスターのようで、駅に到着した時は改札が開いていません。パスポートを見せたり、荷物チェックをしながら出発を待ちます。母親は電車に乗るのにパスポートが必要だとは思っていなかったようです。お母様、フランスは隣の国ですからね。

11時すぎ、パリ北駅に到着。ホテルに荷物を預けてお昼ご飯を食べにいきます。前回来たときに訪れた魚料理が中心のビストロへ。白ワインをボトル半分と鯛を焼いたのと、鮭を焼いてリゾット風にしてあって、イクラがまぶしてあるのを食べました。さすがおフランスの料理はうまい。普通のお店でも大変おいしいです。

その後はバスに適当に乗って、適当に降りて歩いてエッフェル塔へ。


上には登らず。その後は電車で一旦部屋に帰ります。一眠りした後は晩ご飯を食べに出かけます。

前回行った普通のフランス料理をだすお店へ。と思ったら潰れてた。仕方ないので別のお店へ。ここも美味しいはず。しかしながら、お母様、どうやらお昼ご飯から6時間ほどしか経ってなくしかもカロリーの高いフランス料理ですので、前菜だけでお腹がいっぱいだとのこと。仕方なく、メインの魚と豚は私が両方共頂きました。やはりフランス料理は良いですね。

2009/04/25

母親ウィンザー城への巻

今日もホテルへお迎え。9時の電車に乗ってウィンザー城へ向かいます。家から一回乗り換えでウィンザー駅へ。歩きます。素晴らしい快晴です。


少し早めに来たのはこちらでも毎日衛兵交代があるとの情報をキャッチしたためです。11時からの衛兵交代に合わせてその場所へ。しかしながら、今日は何か別のイベントがある用で衛兵交代はありませんでした。前の日にウェブで確認してもこうなるとはさすがイギリスです。古い車を集めて走るイベントがウィンザー城の前で行われていました。パブで世間話をしたおっさんには城に来たの?車を見にきたの?と聞かれたのでこちらのイベントも重要なようです。


昼ご飯は家から持ってきたおにぎりと、パブでビールを飲みながらパイ包みです。

その後はウィンザーの街を見学。結婚式とかしてました。夕方にはロンドンに戻って家の近くのパブでソーセージと揚げたジャガイモとビールという典型的なイギリス料理を頂きました。

2009/04/24

母親ロンドンを歩くの巻

今日は朝ホテルに親を向かえにいき、バスで回ります。ウェストミンスター寺院、ナショナルギャラリーを見た後はバッキンガム宮殿の衛兵交代を見にいきます。


2年近くも住んでいて初めて見学しましたが、結構混んでますなあ。見応えはありましたね。


えらい混んでいるので肝心の宮殿内の衛兵交代は全然見えませんでした。


一旦ホテルに帰って1時間ほど昼寝をした後は、アフタヌーンティーをしに紅茶で有名なブランドフォートナム・メイソンへ。2時に行ったときはガラガラ、出た3時半では混み混みでした。まあ、普通のアフタヌーンティーです。上からケーキ、スコーン、サンドイッチです。小さなスモークサーモンも付いていました。ケーキはとりあえず4つ選びました。スコーンに付けるクリームは相変わらずカロリーいっぱいです。母親の意見では、どれもなかなかいけるとのこと。



この後は大英博物館、そして我が家でイギリスで唯一おいしい食べ物。牛肉のステーキを食べました。

2009/04/23

4月23日から30日

8日間、親の在英につき旅行。

母親上英の巻

母親がロンドンに来ました。ここは子供の勤めとして親にロンドンの案内をします。ヒースロー空港に4時着だというので4時15分に到着するバスで迎えに行きます。

その時間はアジアから到着する飛行機が多く東京からも日本航空、全日空だ、バージンだと日本人でヒースロー・ターミナル3は溢れています。とりあえず、親を見つけてバスに乗せ、ロンドン中心へ。

時差ぼけで辛いだろうと思ったら元気なようです。でも無理をしても仕方のないため近所のパブでビールを飲んで今日は終了。

2009/04/22

散髪

昨晩に改良した、偏微分方程式の解法、片方は解析的に、もう片方はそれを使って数値的にをプログラムに落とす。これは昨晩に終了。今日は10時半頃に学校へ行き、すぐにそれを計算。残念ながらMCの時間が大変掛かることを再確認。つまり、離散化誤差が大きい。

離散化幅を小さくして計算時間を計りつつ、コードを書く。1-10は1時間、5-5は5時間。セットをして終了。MScオフィスに行ったり来たり。PCを3台占拠。

昼にJ氏が来たので英語を聞く。一桁改善とか。

5時から散髪しにブリックレーンへ。

2009/04/20

ジェラート

今日も自宅待機ぎみ。スーパーへ買い物にいきお昼ご飯用に出来合いの鶏肉などを購入。初めてでしたがなかなかの味。フムスなども充実。

プログラムを全てコーディングした後に満を持して学校へ。4時登校。プログラムをセットして帰宅。と思いきやF嬢がジェラートをご所望のため、繁華街へ。無事にジェラートを購入。帰宅は8時すぎ。

2009/04/19

ムール貝

基本自宅待機の日曜日。夕方から学校へ。

G_N_MCは1つの変数についてのプログラムを昔作っていただけなのでそれの拡張を行う。壮絶。偏微分の正確な形が分からないため夕方には学校へ。

F嬢が所望したディナーのためでもある。しかしながら、その気分ではないとのこと。これだからイタリア人は困る。一時間ほどコードを書いていたところ、私のバックに入っていたチュッパチャプス・パーティ用を発見し、なぜか盛り上がるF嬢。これに気分を良くし、ディナーに行くとのこと。なんだかなあ。いつもの3人でベルギー料理。ムール貝である。

G_N_GEW終盤戦

G_N_GEWを書く。なかなかのスピード。3つの変数に拡張するのも容易。

2009/04/17

G_N_GC格闘

学生、子供は未だにイースター休みのため、今日のボランティアは早めの時間、2時からです。終わりは6時なり。帰ってから猛プログラミング。G_N_GCを書く。1つの変数しか考えてなかった。orz

急げ。

2009/04/15

J氏に英語を聞く

どんどん朝に弱くなっていき、起きられない。じりじりと起床時間は後退し今日は9時半。11時登校。久しぶりにギリシャ人Sが来襲。ちなみに私は彼女が嫌いです。人が計算していたPCを落としやがった。ひどい女だ。GE計算はほぼ終了。TYWではなく、CDGのパラメータを使う。CEの計算は水準が高いことが問題。しかし既存研究から持ってきているからなあ・・・。来襲の親上英に向けて電話など。

全体の表を再設計。英語を書いてJ氏に見せたら、その表現はねえと言われた。

2009/04/14

前進

一章と三章の文章は大分完成。こなれた英語にするという観点からまだまだ手直しが必要だが、大枠は終了。数値例も出来つつある。

数値例の文章を作り始めた。それに伴って結論を書きはじめたいがここは待機。数値例の結果が未だにはっきりしない。2つの方法を提案し、精度が既存のよりも良いことを示すのが目的だが片方の手法で理論的には精度が高くなるように計算した場合、数値例もそうなる。問題は2つの手法の良し悪しがパラメータに依存している。理由は分かるが、論文に書いても良いのかな。

基準を定めるのが大変

8時起床。今日も祝日のため、地下鉄は休みであろうと推測し、バスにて登校。コーヒーを購入しオフィスへ。

数値計算の元となるパラメータの設定に悩む。面倒なので既存研究+アルファとした。本当はアルファ部分の設定によって全体が少し動いてしまうのだが、まあそれは目を瞑っておこう。

全体像の把握のため、%と計算結果の表を作成(3かける3の行列)。ここで計算結果をきちんと出そうとすると大変時間がかかるし、全体像を掴むだけなので近似解で代用したいのだが誤差が怖いので無理。ここは時間をかけよう。

2つの場合について誤差のグラフを作成。密度はMCとGEWで1つだけ。

5時前に撤収。

2009/04/13

休暇

2009/04/12

Eltham Palace

まだイースター休暇は続いています。グリニッチ近郊にあるエルタム宮殿に出かけます。イースターで皆様の仕事が休みなのは良いことですが、左翼的な傾向のあるこの国においては、公共交通も祝日は休みがち。よって、ロンドン近郊の電車は運休、代替バスが相次いでます。本来ならば家から直通電車で行けるはずなのに、わざわざ一度乗り換えて目的の駅に行きます。近いからどうでも良いが。



エルタムに来たのは初めてですが、この辺はロンドン通勤圏のようです。駅から歩くこと10分ほどでエルタム宮殿に着きます。この辺は大きく綺麗なお宅が多くあり、お金持ちエリアと思われます。




この施設はイングリッシュ・ヘリテッジ所有の建物なので、入り口で会員証を見せて中に入ります。結構混んでいます。50%は白人お年寄り、45%は白人若者・中年、5%はそれ以外という感じ。イースターだから皆おでかけか。

中は撮影禁止なので写真はありませんが、上のようなアール・デコと呼ばれる芸風のようです。エルタム宮殿は宮殿と呼ばれてますが、元宮殿で、王族が使っていたのはずーっと昔で14世紀の話です。エドワード2世、かの有名なヘンリー8世等が住んでいた様です。その後、大金持ちの庶民(日本語が変だが)が古い宮殿(その頃にはあまり残っていない)の横にアール・デコ調の家を建てたというのが歴史です。昔の王様が使っていたほうはホールなどが残っていて、ホールの天井はイングランドで三番目に大きいとのこと。一番大きいのはウェストミンスター議会、二番目はハンプトンコート宮殿とのこと。我が家も大分旅行したようで、全部見ました。

1930年くらいの建物なので、随分綺麗です。お金持ちの家らしく部屋も沢山で凝っています。電気がある時代なので電球の配置が素敵でした。

一時間ほど見学した後は庭に出ます。どこまでか分からないくらい広いです。そして昔の王宮の跡が残っています。

このエリアは緑が多い。歩き回ると帰れなくなりそうなので適当に戻ります。

お堀から見た宮殿。

その後は紅茶を飲んで撤収。
街にある教会。古そうですが観光地ではない。この国は観光地ではないが古い建物が多い。

2009/04/11

復活祭は買い物の良き理由なり

11時すぎに登校。地下鉄を使ったが途中の駅で電車が終了。その先は工事中。もう1つの線もこの週末は工事中。工事だらけの国だし工事は始まったら長期に渡るのが特徴。

仕方なく一駅分歩く。代替バスが出ているとの放送もあるが期待すると裏切られる国だし一駅分なので歩く。テムズ河沿いはまだ寒い。沿道は何かの理由による封鎖されている。補導ではスリランカの虐殺に反対する人がTシャツを、共産主義を信奉する人が新聞を売っていて、その他募金を呼び掛ける人等、随分賑やか。物珍しさから共産主義の新聞を購入。

計算が終わっていなかったため、計算時間を概算で求める。それは終わらないわけだ。この手の作業は疲れる。短時間で終わる場合は、精度を求めてもっと回せとなる。十分な量を求めようとして一晩計算しようとすると多くの場合、予期しないことが起きて計算が終わらない。今回は強度を上げると計算が長くなることが判明。やれやれだ。

イースターにも関わらずFとFが出勤。ポスドクのF氏は新しい研究分野を探しているようでこちらに興味がありそうだ。でも、そんなに簡単ではないのだよ、新しい分野を始めるには時間がかかるのだ。3時半頃に撤収してマーブル・アーチへ。ここも街には警官があふれていて駅から道までが封鎖されている。全然復活祭らしくない。駅周辺から自宅方向にバスが出ているはずだが、全てマーブル・アーチ止まり。テロに巻き込まれるのもなんなので何も買わずに歩き、途中でバスを拾う。ボールペンの芯はついに後一本。

2009/04/10

休暇

Quebec House

チャートウェルにいく途中のバスに乗っていたときふと看板にケベック・ハウスはこちらと言うのが目に入りました。確かケベック・ハウスはナショナルトラストだったはずと思い、ガイドブックで確認するとそのとおりなので、チャートウェルから帰りのバスを途中下車して行ってきました。やってきたのはWesterham、ウェスターハムという村です。ここはチャートウェルから車で5分くらいです。村の中央にある公園にはやはりチャーチルがいます。




村の公園から歩いて三分のところにケベックハウスはあります。こちらはジェームス・ウルフ将軍が子供時代に住んでいた家です。

ジェームス・ウルフはイギリスがフランスとカナダの植民地をかけて戦争していた時にカナダのケベック州の戦いでイギリスを勝利させた若き将軍だそうです。その時に戦死していてかつ結婚していないので子供がいない。兄弟は小さいときに亡くなっていて、彼が亡くなったとにそれを継ぐ人がいないそうです。有名になるための重要な条件ですね。

こちらは家といっても借家だったそうで中にある家具などは同時代のものではあるが彼とは直接の関係はないそうだ。1時間弱で見学、その後は公園近くのパブへ。バスを待つ間にビールを1パイント。このパブは結構古そうで入り口が2つあります。入り口が2つあるパブは片方の入り口が下層階級にいる人達用、もう片方がそうでない人用だったと思うが、どちらがどちらか分からず。

公園にはチャーチル以外にウルフ将軍もいます。


5時半のバスに乗ってセブン・オークスへは6時着。自宅着は7時半なり。ナショナルトラストのはしごは疲れるな。やはり一日一箇所が良いですな。

chartwell

この週末はイースターで祝日です。とはいっても大学はかなり前から春休み、ボランティア先の子供も今週と来週は学校が休み。働いている友達は最近見ていないので、実際に何時が休日なのかさっぱり分かりません。恐らくこの金曜と来週の月曜が祝日です。

今日は奥さんは乗用車の教習の予定でしたが先生から朝に電話があり、風邪を引いたとのことでお休みとなりました。ということで外出します。訪れた先はチャートウェル。サー・ウィンストン・スペンサー・チャーチルの自宅です。有名なチャーチル首相が人生後半の40年を過ごした邸宅です。このおじいさんは大変有名ですが、生まれも育ちも功績も大変立派な人で彼に纏わる観光地はたくさんあります。例えば彼が生まれた宮殿は世界遺産となっています(まあ、そのくらい立派な家に生まれたということです)。

彼の最後の家はケント州でもロンドンにかなり近いところにあります。




自宅を10時すぎに出発。イースターのせいか駅が混んでいる気がする。電車に1時間弱乗り、セブン・オークス駅へここへ来るのは3回目です。この駅からバスに30分乗るとチャートウェルに到着です。イースター祝日のせいか混んでいます。到着後、邸宅を見学しようとしたら時間制といわれ、1:30まで待つことに。邸宅の見学前に庭や離れを見ます。
春らしくいろいろな花が。こちらはスノードロップ、待雪草とも言うらしい。もちろん私が知っていたはずはない。

この花は…全然分からない。ガーデニングの国は奥が深い。

最近の奥さんは頻繁に空腹になるようで持ってきたお握りを食べます。

春ですなあ。セータの上にウィンドブレーカを着てますけどね。白人は早速Tシャツです。絶対にこいつらの体感温度はおかしい。

入り口から5分ほど歩くと家が見えてきます。

チャーチル氏はイギリスで大変評価が高く、BBC主催の偉大なイギリス人コンテストで一位だったのですが(この間のダーウィンは四位)、業績もさることながら割と家庭人で趣味を楽しみとのこと、ようは仕事だけではいかんということのようです。子供は5人いるしな。で、そのチャーチル氏の趣味がこちらの離れにあるアトリエ。

すなわち絵画です。部屋を埋め尽くすくらいの絵がありまして殆どは彼によって描かれています。話を聞くと50枚以上あるとか、どこかの通りを書いたのが一番初めとか。色々聞いたがあまりに先方の英語が達者なためよく分からない。

次は庭を歩きます。チャーチル氏はこの邸宅を購入、改築して住んだようで自分で塀を一部作ったそうな。それは大変に立派な人ですね。
残念ながら今日は曇り時々小雨です。この国で晴れるのは僥倖に近い。

これは実家にあるやつです。椿ですね。

桜が咲いています。まだまだ寒いのに。

1時半になったので家の中に入ります。広い2階建てです。こちらが正面。

ここを訪れた有名人、すなわちアメリカ大統領トルーマン…後は忘れた…の記帳をみました。それから図書館、仕事場、など全部で何部屋あるのかよく分からないが大変広い部屋です。こちらはリビング。広い家に住むのは良いことですね。

その後はレストランへ。スコーンと今日のスープを食してみます。スープはトマトが基本でその中によく分からない野菜群が粉々になって入っています。まあまあですね。スコーンはかなりレベルが高い。これまでのスコーンと比べてもトップレベルですな。悪魔のクリームと一緒に食べます。合計で9ポンドなり。

二時間に一本のバスに乗って帰ります。

素晴らしい方向へ

朝10時起床。早速学校へ。昨晩に考えた式の確認とその精度を確認。ついでに高次の微分式も確認。全て良の方向に結論が。

数値例とそれに関する表をtexで作り始める。複雑な表は作るのが難しい。修士の学生の部屋を占拠し、Cのプログラムを回して撤収。

ウェストミンスター議会前は今日もスリランカに関する抗議行動。

2009/04/08

大きな進捗があったでござる

今日も3つ目の論文に関して文章書き。グラフを作り始めた。プログラムは全てではないが大体出来ているのでグラフも計算するだけ。

誤差が許容範囲をおおきく超えているでござる。いやいや、そんなバカな、昔に同様のを計算した時はうまくいったじゃないか。

ということで文章はそっちのけで原因究明に奔走。5時間後に判明したことは、昔のがうまくいったのは、どうやらパラメータ設定が日本の状態に合うような設定(すなわち欧米とは水準が違う)だったため、最初の変数がかなりの影響を持っていたようだ。しかし水準が違うと、他の変数の影響もそれなりに受けるため、1次だけが合わせて合っても駄目だと分かった。

夜に自宅で考察中に2次まで合わせる方法を考えついた。ちょっと神が降りてきた感じ。明日さっそくプログラムを書こう。18セットのうち、6セットを書き換えかもしれないが、数式もより綺麗になったし、なかなかうれしい一日だ。

上司より連絡あり。全身全霊で論文書き。

文章作成の日々

昨晩に4章のspecificationを書き足したのを追加。シミュレーションの方法等を追加。希望としては測度変換とシミュレーションで一本にしたほうが良いと思うのだが。数値例が大きくなってきた。

F女子が春物のコートを買ったようで。当然褒めたが黒でみんなが持っているやつで何でそんなの買うんだとと少し思ったり。J氏は英語で何というか分からないと言っていた英国人のくせに。

議会前は今日もタミルタイガーについての抗議が行われた。でも昨日と違って道路の封鎖は許されていないようだ。議会前の広場で行っていた。

2009/04/07

タミルタイガーの旗には虎がいます

数値例の箇所でAとBを書き始めたら強度とか測度とかシミュレーションとか随分色々書くことがあると判明。3章はほぼ終わりとして4章を中心に書き始める。J氏と廊下でNATO vs ロシアについて会話したり。

帰り道を歩いていたら議会の前で抗議している集団を発見。道路は封鎖されていて車は大渋滞。スリランカで何かが起きているようで虐殺とか停戦とかの横断幕を掲げる人やイヤホンで何かを叫んでいる人が多数、500人ほどかと。大学時代にスリランカ人の友達がいたが、その人達はインド系だったけど、今日の人達は黒人だった。階級なのか部族なのかよく分からないや。

2009/04/05

Down House

生誕200周年、偉大な人物人気投票第四位、王族以外で数少ないウェストミンスター寺院に葬られているイングランドの偉大な科学者チャールズ・ダーウィンのお宅に行きます。ロンドンから電車で20分のところにあるブロムレイ・サウス駅(住所はまだロンドンらしい)へ12時半にやって来ました。ここからバスに乗って更に20分、ついた先はダウンと呼ばれる小さな町です。住所はケント州になるようです。この街にチャールズ・ダーウィンの家、ダウン・ハウスがあります。



こちらはダウンの街にある教会。ブロムレイ・サウスからこの辺は白人街で、有色人種を全然見ません。かなり徹底してます。リッチモンド並だ。

ダウン・ハウスはダーウィンが40年間、亡くなるまで家族と住んでいた家です。現在はイングリッシュ・ヘリティッジの持ち物で一般に公開されています。

2階は小さな博物館になっていて、ビデオや実験道具を使ってダーウィンが発見したことを追えるようになっています。ここは然程おもしろくない。
庭ではダーウィンが虫とか植物を使って(ダーウィンは生物学者のようです)実験した後が見られます。

なにが素晴らしいって晴れていることが素晴らしい今日です。

こちらがダーウィンが住んでいた家。当時から変わっていません。

一階は彼が家族と住んでいた当時の様子が復元されています。食堂、書斎、ビリヤードなどが見られます。
家の一部は改築されてカフェとなっています。お昼を取ります。アフタヌーンティーとスープで10ポンド。サンドイッチもスープもおいしいです。スコーンはしっとり系でいまいち。

花が咲いています。サマータイムも始まり、花も咲き始め、大分春のようです。でも今日も私はマフラーを巻いていますけどね。しかし白人は既にTシャツの人が多く、体感温度の違いを感じますなあ。


バスは一時間に一本しかないので、バスを待つ間に地元のパブでエールを一杯。おかげで帰りは熟睡です。

2009/04/04

休暇

2009/04/03

遅々

起床、遅し。登校11時ごろ。Jが隣室にてオフィス・アワー。終了を待って世間話なぞ。彼は所謂ボーディング・スクールの出身なのでイングランドにおける教育環境について意見交換。Fさんが来たが、まあ、Jとの話の方がおもしろいので。

午後はギルフォードへ。

メドヴェージェフ氏独演会

目が覚めたら10時すぎで驚愕する。登校し英作文を行う。1章と3章Cを集中的に記述する。1章は大分書き進められた。3章は数学が中心なので書いて直して。gはPではなく、P-Aに変更し、それに伴い数学の記法を直す。推敲は大変だが明らかな間違いや不明瞭な文が直ってゆくのは気分が良い。

5時から現ロシア大統領メドベなんとか氏が大学で講演するので参加。厳重な警備で鞄の持ち込みも禁止。講演開始40分前に並んで5時までに全員着席。最前列は警備のロシア人や特権階級(大学ですのでDrという肩書きの人たち)が占める。アングロサクソンも時と場合によってはきちんと行動するようだ。

肝心のロシア大統領はG20の会合が長引いたとか言って(本当かよ)大遅刻。講演は6時に開始。メドヴェージェフ氏は背が低いな。でも姿勢が良い。一時間立ち続けなのにきちんとした姿勢を維持していた。講演内容は形容詞と副詞が飛び交い然程おもしろくない(要は美辞麗句が続く典型的な政治家講演)。質疑応答ではジョージア出身の人が出たり(さすが学長、良い人を指名する)。後は安全保障に関する質問が多く、NATOとロシアの微妙な関係が偲ばれる。後はプーチンとの仕事分担についてなど。世界を牛耳る人は終わった後も外にマスコミがいるとか、セキュリティの問題だとか言って私を10分ほど席から立たせてくれなかった。計2時間は長いな。

2009/04/02

G20は迷惑

GEW-G-Eの計算終了。でもまだ仮の表も作ってない。1次モーメントがFとGで符号が違うのはGEWの制約だと思いつき、論文に反映させる。ゆっくりではあるが文章になりつつある。と言っても3ページの小節だが。

今日は久しぶりの晴れなので昼食にサンドイッチを購入し、通りの反対にある築400年のお屋敷の庭で友達と雑談しつつ食す。

ロンドンは今日からG20会合でシティでは抗議する人と警官が衝突し、RBSでは窓が破られたとか。ヘリも騒々しい。東ロンドンで開催されていてそのエリアは封鎖中のようだ。そういうイベントは田舎で行い、田舎にお金を落とすべきだ。都会では人々の生活に影響を与えすぎる。とBBCのニュース・チャンネル生放送を見ながら思う。日本と同じくレポーターは抗議デモの中に陣取る。夕方はオバマ氏がバッキンガム宮殿を訪れ、女王陛下に謁見したらしくこれまた道は大渋滞。お土産はipodらしいがそれは80過ぎの人が使えるのかな。
 
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2009/04/01

くるくる寿司

部屋に業者が来るとのことで自宅待機。アパートのどこかの部屋から害虫が出たため駆除しなくてはならない。その際に、他の部屋も検査したいみたいなことが書かれた書類が数週間前に来てました。このアパートは100世帯以上いるし、業者はそんなまともとは思えないが、妻は外出しなくてはならないので私しか対応できる人がいない。

仕方ないので家のリナックスで仕事。文章書き。全然駄目だ。

夜は妻の免許取得試験の第一弾が合格したのでピカデリーに繰り出し日本食。「くるくる寿司」というロンドンでは有名な回転すし屋に行ってみる。どう有名かというと2年ほど前にロシアの元スパイがロンドンで放射性物質を飲まされてその後に亡くなっているが、その放射性物質を飲んだのがくるくる寿司であるう。放射性物質が入っている寿司ってわけですね。これはすごい。どのように放射性物質を入れたのかは分からないけどどうせ隣にスパイでもいたのだろう。ちなみに非高級店である。二人で30ポンドなり。

日本人客は全然いない(一人働いている人がいた)。壁にかかっているメニューを見ながら「イカと〜貝はなにがありますか?」とか聞いたら、周りの外人が壁にかかっているのがメニューだと分からず(日本語なので)相当びっくり。どう見ても私はアジア人ですが。

くるくる寿司を訪問

奥さんが自動車免許取得に向けて活動中。

この国の自動車免許は日本とは大分違う手順にて取得するようだ。まず申込書を送る。すると2週間ほどで仮免が送られてくる。これはプラスチックで本当の免許と色が違うだけ。

仮免を手に入れた後、教習所に通う。こちらでは教習「所」という場所はなくて、資格を持っている人が個人営業で仮免の人に練習車と場所を与えるようだ。日本人でそのようなビジネスをしている人がいるので、その人に連絡を取って練習開始。初回から練習場所は路上である。先生がもう良いだろうというところまで練習を続ける。

その一方で、筆記試験の勉強を各自行う。これは本を読んで問題集を解いて自分で勝手に試験場を予約して試験を受けるものである。で、昨日その筆記試験に無事に合格。貫禄の一発合格である。友達で最近免許を取った人は筆記は普通落ちねえと言っていた。ちなみに筆記は筆記なので日本語はなく英語のみ。

筆記試験に合格しておかないと実技試験は受けられない。既に20時間以上路上で練習しているので後数週間で練習は終わり。

ということで筆記試験は終わったのでお祝いにくるくる寿司というロンドンでは有名な回転すし屋に行ってみる。どう有名かというと2年ほど前にロシアの元スパイがロンドンで放射性物質を飲まされてその後に亡くなっているが、その放射性物質を飲んだのがくるくる寿司である。放射性物質が入っている寿司ってわけですね。これはすごい。

ちなみに日本人は全然いない(一人働いている人がいた)。壁にかかっているメニューを見ながら「イカと~、貝はなにがありますか?」とか聞いたら、回りの外人が壁にかかっているのがメニューだと分からず(日本語なので)そうとうびっくり。どう見ても私はアジア人ですから。

ちなみにこの国に味を期待しても仕方ない。