2008/12/31

カッパドキア観光

今日はカッパドキアの観光です。トルコ観光のハイライト。この地域に来るために昨日一日ずっとバスで移動したわけで全部で9日しかない旅行だが、それだけの価値がある地域らしい。地域一帯が世界遺産です。カッパドキアは、標高1000メートルを超えるアナトリア高原一帯のことで奇岩が多いことで知られています。



「るるぶ」によると数億年だか数千年前の噴火によって火山灰が降り積もった後、風雨によって岩の侵食が進んで(岩が結構軟らかいらしい)、削られた結果、変わった岩の形になったようです。風雨で岩が削られたというところはアメリカのグランドキャニオンと一緒ですね。こちらはそれに加えて上の層が火山灰なので岩の上の色が違うという所でしょう。あちらは川が岩を浸食したので谷が割れているわけですがこちらは雪が融けて岩を侵食したので谷のようにはなっていないわけです。
今日は晴れ時々曇り。まあまあの天気です。一日中零下です。風が無くて助かりました。これで風があったら寒くて寒くて大変でしょう。出発後5分でバスは停まり、まずは鳩の谷を見ます。

トルコの魔除け「ナザール・ボンジュー」がある木の向こうが谷になっています。その向こうになる岩山は・・・知らない。

更に5分ほどバスに乗り続いては三姉妹の岩を見ます。「るるぶ」によれば親子岩と書かれています。

続いてウチヒサールへ行きます。これまたバスで5分。バスの移動は大変楽です。

いつもだと路線バスを待つのにそういうのがありません。ここはカッパドキア地方で最も高いところに位置する村で、村の中央にそびえる大きな岩の要塞があります。ウチヒサールは「尖った城塞」の意味です。この地方は岩が軟らかいようで岩を掘ることができるようです。

気温が低いからか、雪の結晶が綺麗です。

続いてはギョレメ野外博物館へ。3世紀半ば、ローマ帝国の弾圧を逃れたキリスト教の修道士たちが、カッパドキアに移り住み、柔らかい岩をくり抜いて住居や教会を作ったようです。その後、アラブ人がやってきた時も隠れていたとか。


丸天井のビザンチン様式で造られ、内部は美しいフレスコ画で飾られている。保存状態のいいフレスコ画のいくつかは今も見学することができる。

すごい景色ですね。

すごい景色ですね。

すごい景色ですね。

続きまして絨毯工房へ。何も考えてなかったが、ここで我が家も絨毯に関する攻防に巻き込まれました。まずは絨毯に関する簡単な説明を受けます。トルコ絨毯は2ノッチと呼ばれる2重に織るのが特徴です。すなわち、縦糸が何本もあってそこに横糸を通しながら模様を作るわけですが、横糸を縦糸と絡ませる時に一回廻すのではなく2回廻すようです。これによって頑丈なものができるようです。ペルシャ等の中近東やエジプトとはこれが違うようです。お姉さん達が作るのを観察します。


続きましてはお蚕を見ます。上の世代の人は家の近所にあったという感じで知っているようですが、一応若者世代の私は社会化見学以来で見たと思います。お蚕をお湯で軟らかくしてそれを纏めて糸にするわけですね。

この後は別室に連れて行かれます。沢山絨毯があるなーと思ったら戦闘開始。まずは社長らしい日本語流暢なおっさんが絨毯の説明をしてくれます。

要は絨毯というのは使う糸の種類(シルク、ウール、羊毛、その他)、糸を染める原料(化学染めとかね)という根本的な違いから縫い目の細かさ(1cm^2で何回縫っているか、典型的なのは49回とか64回とか、すごいのになると100回とか)、図柄、絨緞のサイズといった編む人の技術によって値段が決まるそうです。

説明を聞いたり触ったりして思ったのは、普通のお店で買うのは無理である。同じサイズでも上の違いで1万から1000万まで差がでます。信用できるところで買うしかないですね。最高級はもちろんシルクです。丈夫さが違います。と言いながら周りに控えるお供のトルコ人がぱーっと絨毯を広げます。確かにシルクは光沢からして他のと違う。順目、逆目があるので光の加減で色も変わりますとか言って周りは「へー、すごいねー」みたいな。どんどん絨毯に飲み込まれていきます。これは欲しいなという気になってきます。そしてこのお店は旅行会社がきちんと現地の旅行会社と一緒になって選んだお店だから信用できるという気になってきます。恐ろしや。

その後は、各家族に一名、日本語ができる人が付いて商談スタートです。全く買う気のない人はお茶を飲みながらのんびり眺めています。我が家も買う気がないので適当に話をしながら見ます。でも、初めのうちは広げられた絨毯を触ったり写真を撮りまくるなどしていたが、次第に追いつめられる。向こうも慣れてます。

気が付くと買いたくなってます。部屋の向こうからは商談成立とばかりに買った人とお店の人が握手して他のスタッフが拍手しています。最初に買ったのは良いパパ家族。やはりあなたですか。稼いでそうですものね。とりあえず先方には小さいので良いです、大きいのは必要ない、玄関マットになんて使いたくない、でも僕はシルク(ヘレケと言うそうです)が欲しいと伝えます。お兄さんは大きくてもウールとか、化学染めだったら大きくても3万とか色々言ってきます。でも僕はシルクが欲しいと伝えます。買うなら良いのを買いたいわけです。お兄さんが二種類のサイズを持ってきます。大きいのは13万、小さいのは3万5千円だそうです。小さいのはパソコンの画面ほど、大きいのはその1.5倍程度。いずれにせよ小さいのです。それぞれを10枚くらい見てこれが良いなというのを選びます。周辺では更にお買い上げの拍手が聞こえてきます。ああ、どんどん欲しくなってくる。額に飾ったりテーブルに置いたりすると楽しいと思うようになってます。もう完全に買いたいとなってます。後はお値段だけです。

お兄さんからは幾らなら買いますかと聞かれます。この質問の答えは重要です。これで低すぎる額を言うと全然駄目となって相手のペースになります。ある程度大きい額を言うとその値段が下限になってしまいます。僕は既に一回安物の毛糸の手袋を900円で買うというミスをしているのです。2回の失敗は矜持が許さない。コンマ数秒で色々考えてとりあえず、両方買ったら幾らなのかを聞きます。大きいので1つ柄がとても良いのがあって、お兄さんもこれは半年くらい編むのに時間がかかるとか言います。セットで12万まで下げてくれます。お兄さんは大きいほうを売りたい模様。それを利用して小さいほうを買うという作戦に出ます。大きいほうを買う素振りを見せつつセットで幾ら、大きいの単品は幾らだから小さいのはこのくらいかと色々考えます。何を話したのかあまり覚えていないが最後の最後に小さいのを2万5千円なら買う、駄目なら買わないと言いました。お兄さんは真顔になってちょっと相談してくるといって奥に行きました。僕は結構良い値段を指したのかもしれません。他の人はその場で商談成立でしたが、僕のほうはお兄さんが奥に相談に行くくらいでしたから。真顔になってお兄さんは奥に行った後、2万5千円で良いとなりました。拍手の中、握手をしました。結局2万5千円で小さなシルクの絨緞を買いました。
まあまあの買い物が出来たのではと思いますが、旅行会社も騙されていたら元も子もありませんがな。後でご飯の時に周りと話したら、皆さん買っていたようです。いやあ、買う気は無かったのだけどあの説明を聞いたら盛り上がってしまって・・・どの家も一緒ですな。
お昼ご飯は洞窟レストランです。洞窟と言うのがこのエリアのキーワードですね。

また豆のスープです。結構おいしい。

そしてカレーのような感じです。米は結構美味しいです。

次はゼルベの谷へ。これまた変わった形の岩があります。






次は現地の人の家にやってきました。予定よりも朝の出発を30分早めたため余裕があり、ガイドさんが知っているトルコ人に電話をして家を見せてもらうことになりました。

高級ツアーは色々なことをしてくれます。チャイも出してくれました。岩をくりぬいて作った家だそうです。今は地域全体が世界遺産になってしまったために、増改築ができなくなったようで大変だそうです。

岩の中に住むってなかなか想像できない。暖房が付いているためか部屋は暖かかったけど。


次は地下都市カイマクルへとやってきました。火山層を掘りぬいた地下8階建ての地下都市です。

ここもアラブ人が来た時にキリスト教徒が隠れていたそうで。実際の見学は地下4階までしか駄目ですけど。


この後、我が家が買いたかったチャイグラスを発見。これまでの屋台で多少の値段は知っているため、再び私の多彩な交渉術を駆使して買いました。どうせ相当ぼった繰られているとは思うがスタートの値段の半分までまけさせたので良しとしましょう。6個の組で35リラ。2000円です。
その後はトルコ石のお店になってきました。絨緞の次はトルコ石か。怒涛の攻撃ですね。後で気付いたのですがやってきたお店はトルコでは結構きちんとしたところのようで帰りの機内雑誌に広告が出てました。日本でいう真珠のミキモトみたいなところでしょうか。これまた日本語ぺらぺらの人達が各家族に一名付いて買いなはれ攻撃。今回は奥さんが一言「トルコ石は偽者で十分」と言ったことにより我が家は買う気なく色々見るだけになりました。トルコ石の世界も奥深い。素人は安心できるお店で買うしかないですね。

偽者との違いは見た目では分からないし。というわけで我が家は石は買う気なかったのですが、部屋の外に飾ってある皿がちょっと気になりまして。見ていると係員がこれは売り物ではありませんが、どうしてもと仰るなら売りますとの枕詞で商談開始。でも安いやつでも3万とか言われると買う気なし。高いのは7万くらいでした。その差が分からない我が家は買うわけにはいきませぬ。
晩御飯を食べに行きます。ホテルの晩御飯は昨日食べているので今日は違うレストランへ。こうして2008年はくれていきます。

トルコ料理の典型的な前菜。

覚えてない・・・

ホテル着8:30

2008/12/30

カッパドキアへ


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今日は移動日。パムッカレを朝7:30発。夜にはカッパドキアへ入ります。大分内陸部へ行きます。


随分朝が早いなと思うが。途中で午前に2回トイレ休憩。田舎はトイレ休憩を取るドライブインすら相当走らないとありません。アメリカに似ています。車で人のいない荒野を走って暫くするとトイレ休憩のレストランがあったり、集落があったり。でもトルコは集落が少ない。我々は日本人。日本人が使えるトイレ(用はきちんとしたところということ)はなかなかないわけですね。ドライブインには必ず小さなお土産やが付いていて日本語が喋れるスタッフが売ってきます。昨日も寒いが今日も外は寒そう。

ベリュカンさんは色々と電話をして今日のルートがどのくらい凍っているか、バスで走れるかの確認をしています。そんなぎりぎりの旅行なのか?

トルコ内陸は土の質が良くないようで農業はさほどでもないらしい。もちろん農業国ですがね。

でも、ドライブインでは果物が売っている。

チャムッカレから今夜を通ってカッパドキアへ進む道は昔のシルクロードのようです。ベリュカンさんによると当時のキャラバンは一日平均32キロ進むようで30キロおきにたいしょうやどがあるそうです。たいしょうやど?隊商宿ですね。ベリュカンさんは日本語が達者です。朽ち果てた隊商宿が沢山あります。整備すればよい観光地になると思うがトルコはまだまだ遅れてます。
午後2時コンヤの街にやっと到着。それなりの観光地のようですが我々は昼食だけで素通りします。レストランへ。小麦粉にヨーグルト。ヨーグルトはトルコの名物です、ブルガリアだけではないのです。上の赤いのは辛いやつで日本人だから少々。お好きな人は注文すると沢山かけてくれます。

何を食べているのか分からない。カレーのようだが油多し。でも結構うまい。トルコ料理はなかなか良い。

その後は更に走ります。街もないし寒々しい。途中で事故にあったトラックを3回も見ました。恐ろしい。最新のメルセデスのバスに期待します。

ネヴィシェヒルに7時到着。洞窟ホテルに泊まります。

一日中バスの移動のため、大層暇なわけですがそこはさすがベリュカンさん。色々な話をしてくれます。トルコというのは日本から大変遠くて、日本から見ると他の国の一つなのですがトルコは実は親日国。よく分からないが大昔にトルコの軍艦が日本近海で座礁し、地元住民が助けてくれたとか幾つか逸話があるそうです。ちなみにそこは和歌山県串本町だそうで。串本という名前は大変有名なようです。街で聞かれたら言ってみよう。
晩ご飯は魚のケバブ。ケバブは羊だけではないそうだ。

2008/12/29

エフェスとパムッカレ

朝6:00起床。7時朝食。8時出発。朝は忙しい。両替しなくては。旅行はご飯付だが飲み物を頼んだら自腹です。トイレにお金がかかることもある。そしてチェックアウトして。日本人旅行ツアーは時間に正確で遅刻する人がいません。今日はイズミールを出発し、エフェス遺跡観光、その後はパムッカレ遺跡観光。


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1時間ほどバスに乗り古代都市エフェソスの観光。海港都市だそうですが海は当時と異なり相当遠いです。エフェソスはギリシャ人によるアルテミス崇拝の街だそうで、どのくらい古いのか分かってないようですが、古代四大文明とギリシャ文明の間くらいかと(相当ざっくりですが)。一応紀元前11世紀くらいが発祥だそうで。よく分からないがキリスト教的には大事な場所のようで歴代のバチカン教皇も来ているそうです。つまりトルコの歴史は古く、ギリシャ文明とかアレキサンダー大王とかローマ帝国とか初期キリスト教とかはヨーロッパの南からトルコ、そして中近東が舞台なわけですね。

基本的には土の中に埋まっていたのを掘り返し、再現すると言う方法で修復しています。

蛇が刻印されているところは病院か薬局。昨日と同じです。ギリシャ神話において、ヘビは生命力の象徴なのです。世界保健機関のマークにもなっているらしい。説明するベリュカンさん。

勝利の女神・ニケのレリーフ、このエリアも猫が結構いる。ナイキのマークはニケの翼からイメージされたそうで。

ここはクレディア通りと呼ばれる通り。通りは3つしか残ってないけど。逆光にならないように入口を選んで入ってくるなんてツアー旅行はすごい。午後の客は出口から入って入口まで歩くそうです。

ハドリアヌス神殿。皇帝ハドリアヌスに捧げられたところ。ローマ時代の皇帝です。

クレティス通りのモザイク

トイレ。この時代に既に水洗ということからレベルの高さが窺われる。ベリュカンさんによればベルサイユ宮殿なんぞ17世紀のくせにトイレは無くておまるな訳で。

ケルスス図書館。アレキサンドリア、ベルガマと並んで、ギリシャ世界の三大図書館と称されました。

でかいな

世界最古の広告。女性の顔、左足、ハートマーク。マーブルストリートの一角にこんな石が置いてありました。「世界最古の広告」だそうです。で、意味しているのは娼婦宿への案内。

大劇場。24,000人収容という大劇場。今でも時々使うそうな。

一直線に伸びる広い道の向こうには古代の港がありました。今では海岸線が後退し草ぼうぼうの原っぱになっています。かのクレオパトラもエジプトから船でこの港にやってきたと伝えられています。他にも哲学者プラトン、アレクサンドロス大王等が来ているそうです。

遠くからみる大劇場。大きいな。

バスで3分のところにあるアルテミス神殿跡へ。紀元前356年、どこかのお馬鹿が有名になりたいと火をつけて全焼したそうです。ヘロスタトスという人のようで現在は有名になりたくて事件を起こす人の病名として残っています。大変壮麗だったそうで、世界七不思議の一つらしいが、今では円柱が一本残っているだけ。もちろん残っているのも再建されたもの。鑑賞には多大なる想像力を要します。

バスで5分のレストランへ移動して早めのお昼。ロールキャベツの中身はご飯。

そしてケバブ。羊の焼き鳥。

午後はパムッカレへ。バスで3時間。トルコは広いのだよ。ヒエラポリスの見学。ここは古い遺跡よりも石灰でできた棚が有名です。バスの駐車場から歩く風景はなにもなさげだが。

遠くには遺跡の残骸が。まだ発掘は終わってないそうです。発展途上国はこういうところも途上です。早くやれよ。

で、石灰棚。なんちゅう景色だ。石灰岩で出来ている地層にお湯が流れてこうなったらしい。温泉でもあります。靴を脱いで入ってみたが温泉と言うにはぬるい。



後ろには遺跡もあるがどう考えても石灰棚のほうが見ごたえある。

発掘が待たれます。なんなのか想像不可能。

その後はホテルへ。添乗員さん曰く、今回はこの旅で最もひどいホテルです。この周辺にはホテルがないのです。一応5つ星ですが期待しないでくださいとの通り、3つ星のようなホテルです。それでも日本人の団体が全体の8割を占めています。トルコは観光業がまだまだですな。発展途上国の宿命か。